ぶら~りネット探訪

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小林よしのりの『新・ゴーマニズム宣言』を久しぶりに読んだ

小学館の雑誌『SAPIO』に連載中の小林よしのりの『新・ゴーマニズム宣言』を読んでみました。小林よしのりと論争を繰り広げている「起訴休職外務事務官」の佐藤優さんがコラムで小林よしのりのパチンコ問題を書いていたり、2ちゃんで話題になっていたりしたのがきっかけで久しぶりに『新・ゴーマニズム宣言』を読んでみました。 『ゴー宣』は扶桑社の『SPA!』で連載されているときは私もよく読んでいました。単行本も買って読んだりしていました。『SPA!』から『SAPIO』に移るときのゴタゴタで急に興味がなくなり、それ以来ほとんど読んでいません。 私はパチンコはやらないのですがニュースやCMで『おぼっちゃまくん』がパチンコになっていることも知っていました。2ちゃんの「ニュー速+」などでパチンコが北朝鮮絡みで非常に嫌われている事も知っていました。そして6月24号の『SAPIO』の『ゴー宣』では『おぼっちゃまくん』がパチンコになったことに対する批判に対して小林よしのりが答えるという内容のものでした。 佐藤優さんのコラムで、今回の『ゴー宣』は小林よしのりの「釈明」と書かれていますが、「釈明」というよりは「開き直り」そして「逆切れ」というものに感じました。佐藤優さんも書いていますが、『おぼっちゃまくん』のパチンコ化に批判的な2ちゃんなどの「名無しさん」のような読者に対しては「匿名のカス」と言い放ち、さらにナチス紅衛兵と同じだとか、北朝鮮へ行ってしまえと言っています。 北朝鮮との関連については『おぼっちゃまくん』の台を作っている京楽は日本の企業だから北朝鮮は関連がないと言い、北朝鮮への送金は政府で規制しろと言い、パチンコは最近では女性でもやる人が多く、健全な娯楽になりつつあると言ったりしています。そして、パチンコで身を持ち崩すのは自己責任だそうです。 私は今では特に小林よしのりや『ゴー宣』に対して思い入れはないので、小林よしのりが自分で生み出したキャラクターである『おぼっちゃまくん』でどうやって金儲けしようが構わないと思います。でも、お客様である読者に対して、自分の商品である作品の中で暴言を吐くのはちょっとやり過ぎですね。なぜ、あえて批判に応えたのでしょうか?ネットの匿名の声なんて屁でもないと思うのなら黙殺すればいいと思うのですが。 そして、もう1点見逃せないのが小林よしのりの漫画の制作の様子ですね。原稿が6人がかりで12~13時間描き続けても、1日2枚しか上がらないというのは信じられないくらい仕事が遅いですね。もしかしてアシスタントは『ゴー宣』はではなく、自分の同人誌の方の漫画を描いたりして。久しぶりに『ゴー宣』を見ましたが特に絵は昔から変わっているわけではなく、普通の漫画に比べると絵よりも文字の方が多いし、お世辞にも凝った絵には思えません。あの絵でそんなに時間がかかるのか不思議ですね。パソコンとかは使っていないのでしょうか?(パソコンを使うと絵に魂がこもらないからダメだと言いそうですね)もっと絵が上手くて、仕事の早いアシスタントを雇うことをお勧めしたい。今回の『ゴー宣』の内容を考えると、小林よしのりの暴走に対して助言できる編集者やブレーンがいないような気もします。 連載の原稿料だけでは採算が合わず、単行本は30万部以上売れないと赤字になるというのもよく分かりません。製作費を切り詰めたり採算ラインをもう少し低く設定したりすることはできないものなのでしょうか?安易に「出版不況」という言い訳を口にするのもどうかと思います。作品の中で愚痴ったりすることよりも、もうすこし企業努力を考えた方がいいのではないでしょうか。絵の量はもっと減らしてもいいんじゃないでしょうか。『ゴー宣』の絵に魅力を感じている読書者はどのくらいいるのでしょうか? 漫画家生活を30年以上続けて、ヒットのない時は貯金を切り崩して生活していたとか、子供を作るのを諦めたとか告白していますが、これは同情を引こうとしているのでしょうか?パチンコで身を持ち崩すのも漫画家になって苦労するのも自己責任なのでは? 唐沢なをきの『漫画家超残酷物語』を読んだすぐ後に、ノンフィクションでこんな漫画家の赤裸々な告白を読むとは思ってもみませんでした。欄外に『おぼっちゃまくん』のパチンコを作った京楽の社員はみんな『おぼっちゃまくん』のファンで、みんないい人だったという書き込みがなんだかとても虚しく感じました。 SAPIO (サピオ) 2009年 6/24号 [雑誌]
SAPIO (サピオ) 2009年 6/24号 [雑誌]