ぶら~りネット探訪

音楽、競馬、映画などについて非常にテキトーにダラダラと綴っていくブログでございますですよ。

『エリック・クラプトン~12小節の人生~』を見た

エリック・クラプトのドキュメンタリー映画エリック・クラプトン~12小節の人生~』を吉祥寺プラザで見ました。

エリック・クラプトンについては特別好きというわけではありませんが、有名所のアルバムは聞いていて、バイオグラフィーについてもそれなりに知っていました。なので予告を見たとき、『レイラ』や『ティアーズ・イン・ヘヴン』の誕生秘話については、「お約束」的な感じで特別興味は湧きませんでした。

予告でアル中時代のインタビューで「自殺しなかったのは酒が飲めなくなるからだ」と語っているシーンがあり、この言葉にショック受けてこの映画を見ることにしました。もし中島らもが生きていてこの映画を見たらと思ったりしました。亡くなったコラムニストの勝谷誠彦アルコール依存症だったそうだ。

思った以上に心を揺り動かされる映画でした。父母だと思っていた人が祖父母で、姉と聞かされていた人が実の母親だったという話は知っていましたが、母親に拒絶されたエピソードが具体的かつ執拗に繰り返し語られる構成が重かったです。

ギタリストとして成功していく部分ももちろん、かなりの時間をさいて語られています。この映画で初めてマディ・ウォーターズが歌っているところを見ました。アレサ・フランクリンとのレコーディングのシーンやビートルズの『ホワイトアルバム』でのレコーディング・シーン、ブラインド・フェイスでのライブシーンなど見どころもたっぷりあります。

しかし、エリック・クラプトンがドラック中毒、アル中だったころの姿が強烈でした。この映画がPG12という年齢制限がついているのはエリック・クラプトンがコカインかヘロインを鼻から吸い込むシーンや泥酔した状態でインタビューに答えるシーンがあるからだと思います。

ステージに復帰したはいいけどステージで酒を飲み演奏をできなくなったり、客に暴言を吐いたり、差別的な言葉まで吐いたというエピソードが紹介されていました。最近もこんな人いましたね、エイミー・ワインハウスもこんな感じでしたね。エリック・クラプトンは色々な意味でエイミー・ワインハウスの先輩みたいです。しかし、エリック・クラプトンは酒の海から生還できたけど、エイミー・ワインハウスは酒の海に溺れてしまいまいました。

この映画によると1986年に息子のコナーが生まれるころまではアルコールが抜けていいなかっと描かれています。『461 オーシャン・ブールヴァード』で『アイ・ショット・ザ・シェリフ』をカバーしていた頃もフィル・コリンズをプロデュサーに迎えて『オーガスト』を録音していた頃もまだアルコールは抜けていいなかったですね。ちなみに『オーガスト』ではYMOの『ビハインド・ザ・マスク』をカバーしています。

息子のコナーの誕生がアルコールを断つきっかけとなり、エリック・クラプトンは立ち直るわけですが1991年のコナーの事故死で、またどうにかなってしまうのかと思われましたが『ティアーズ・イン・ヘヴン』という曲を作ることで息子の死を乗り越えたのはご存知の通り。『ティアーズ・イン・ヘヴン』は今までありきたりなバラードだと思って聞いていましたがこの映画で聞いた『ティアーズ・イン・ヘヴン』もグッと来るものがありました。

この映画は腕は確かだけど何かのきっかけで酒浸りになってしまった男が家族の力で立ち直る物語に見えます。これは落語の『芝浜』と同じ話の構造なんじゃないかと思いました。エリック・クラプトンレミーマルタンが注がれたグラスを前にして「よそう、夢になるといけねぇ」というシーンはもちろんありませんけどね。

エリック・クラプトンがドラッグや酒に溺れたのは子供の頃の体験だけでなく、周りのミュージシャンの死などもも影響しているのではないかと思います。この映画ではジミ・ヘンドリックスの死しか描かれていませんがデュアン・オールマンも1971年に死んでいます。

吉祥寺プラザは爆音映画祭をやっていた今は亡き吉祥寺バウスシアターの近くにありました。三軒茶屋にあった三軒茶屋シネマや三軒茶屋中劇みたいな雰囲気の映画館でした。封切館なのに座席は自由で入替えなしというのも昔の映画館みたいでノスタルジックでしたが、音響は良かったです。

画像