ぶら~りネット探訪

音楽、競馬、映画などについて非常にテキトーにダラダラと綴っていくブログでございますですよ。

ナンシー関の『何もそこまで』を読んだ

谷亮子の政界進出を予言していたとして一部で話題になっているナンシー関のコラムを改めて読んでみました。 『何もそこまで』は週刊文春で連載されていたコラムをまとめたものです。時期は95~96年くらいです。問題のコラムは95年10月に書かれたものでタイトルは「元五輪メダリスト。世界一ツブシが効く肩書き」。メインは宝塚出身の女優、朝ドラ出身の女優の権威みたいなものについて揶揄したコラムで最後との方で宝塚出身の女優、朝ドラ出身の女優と共通するもとのとして元オリンピック選手が語られています。そしてオチとして
10年後、ヤワラちゃんは選挙に出ていると思う。
で結ばれています。このコラムのもう一つ凄いところは消しゴム版画のモチーフが池谷幸雄というところです。 私はほぼこのコラムをリアルタイムで読んでいましたが、改めてナンシー関のコラムを読むと、ナンシー関の着眼点の鋭さと、簡潔で解り易く、そして鋭い文章の素晴らしさを感じます。それと同時に時代の流れをどうしても感じてしまいます。このコラムでネタにされた人で何人かは亡くなり、何人かはテレビから消えてしまいました。 テレビの衰退、プロ野球の衰退についてもこの本を読んでいるとどうしても感じてしまいます。このころはまだオロナミンCのCMにジャイアンツの選手たちが出演していた時代なんですよ。オロナミンCについてのコラムでは「プロ野球のカッコ悪さ」が語られています。ナンシー関は「プロ野球のカッコ悪さ」が表面化した原因を「対Jリーグ」、「対大リーグ」という相対的な視点が出来てしまったことと分析しています。この分析はところはありきたりですが、イチローの一人勝ちの状態は野球のダサさから最も遠いところからという分析も鋭いですね。去年松井秀喜ワールドシリーズのMVPになってイチローの一人勝ちは終わったように見えますが、果たしてどうでしょうか? 『徹子の部屋』をネタにたしたコラムでは、『徹子の部屋』に招かれる(と思われる)有名人と招かれない(と思われる)有名人についての考察が面白い。「蛭子能収は招かれるが、みうらじゅんは招かれない」、「やくみつるは招かれるがが、高橋春男は招かれない」、「ホンジャマカは招かれても爆笑問題は招かれない」という何とも微妙な線引きがたまりません。 野島伸司の脚本のドラマ『未成年』については、何重にも保険をかけるような脚本を姑息なやり方と書いています。そして最後に同じように歌詞の中で保険をかけているEAST END×YURIの『MAICCA』を聞いたときに腹が立った事が書かれています。「ヒップホップって何よ」という言葉も強烈。 『マジカル頭脳パワー!!』のマジカルバナナがゲームとしては不完全でツッコミと所が多すぎるというコラムは正直そんなに面白くありません。でもこの番組や出演者のこと思い出していたら、「マジカル頭脳パワーといえば加藤紀子」、「加藤紀子といえばリリー・フランキー」と言うのが思いつきました。 この本の中で唯一テレビや芸能人を対象としないコラムがあります。それは熟年層に社交ダンスが流行っているというもので、ナンシー関の住むマンショの管理人との交流が書かれています。このコラムが「ちょっといい話」的な感じでナンシー関のコラムとしては毛色が変わった感じで何とも言えない味わいがあります。 余談ですが表紙のエマニュエル坊やも素敵です。 何もそこまで (角川文庫)
何もそこまで (角川文庫)