ぶら~りネット探訪

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『ナンシー関 リターンズ』を読んだ

ナンシー関がこの世を去って7年以上たちます。(亡くなったのは2002年6月12日)今年、突如として『ナンシー関 リターンズ』が出版されました。 この本を読んで感じるのは、ナンシー関の不在の大きさです。似たようなコラムニストは何人か現れましたが、それらのコラムニストのコラムは「辛口コラム」と言うよりもただの悪口のようなものが多い気がします。マツコ・デラックスは体型は似ていますが、恋愛なども語ったりするので明らかにタイプは違います。ナンシー関の場合はコラムと消しゴム版画の絶妙なコンビネーションというかなり独特な芸風だったので、これからもナンシー関の穴を埋めるような人は出で来ないのでしょう。 この本は今まで単行本に未収録だったコラムをまとめたもののようです。ニセの自伝『彫っていく私』(タイトルは宇野千代の自伝『生きていく私の』のパロディ)はほとんどデタラメなフィクションになっています。部分的には笑えるのですが、全体の出来としては正直、微妙です。 宝島の編集者時代の町山智浩さんとの打ち合わせの話が書かれていたのは驚きました。当時の町山さんは周りからバカ扱いされていたと書かれていますが、ナンシー関は町山さんを腰の低いいい人と書いています。もしナンシー関が生きていたら現在、コラムニストとして大活躍している町山さんをどんなふう思うのでしょうか?ちなみにナンシー関は町山さんの妹さんと対談本を出しています。 この本に収録されているコラムは80年代後半から90年くらいに書かれたものがほとんどなので、今読むと、コラムのネタになっている事が時間の経過でいい具合に発酵しているような感じで面白いですね。特に面白かったのが花王名人劇場大木こだま・ひびきの漫才のネタで「さんま1億、伸助8千万、竜助50ペソ」と言ってた事ですね。 安達祐実が小学校卒業するというネタや森進一の長男のお宮参りのネタは時間の流れを感じますね。安達祐実はこの間に結婚して子供を産んで、離婚、さらに母親がなぜか脱いだりしています。森進一の長男は元ジャニーズでバンドをやっている人ですね。 ナンシー関は青森出身ということからか相撲好きで相撲ネタも多いことも一つの特徴で、この本でも相撲ネタも収録されています。個人的に付き合いのあった、敷島関との話は微笑ましいですね。 『「拝まれる存在」に社会常識を求めるのは言語道断である』というコラムは秀逸です。「拝まれる存在」とは力士のことで、このコラムでは琴錦の女性スキャンダルを報じる当時のメディアへの批判をしています。このコラムを読むと現在の相撲界、特に朝青龍ナンシー関ならどう見るか非常に気になります。 現在のお笑いブームやテレビをナンシー関ならどう捉えるのかも非常に気になります。青森の恐山でイタコにナンシー関の霊を呼んでもらって、色々と聞いてみたい。 ナンシー関 リターンズ Nancy Seki Returns
ナンシー関 リターンズ Nancy Seki Returns