11月10日に亡くなった高倉健さんについて書いてみたいと思います。
私が健さんの映画で劇場で見たことがあるのは『八甲田山』だけで、それ以外はテレビやDVDで見ています。『昭和残侠伝シリーズ』や『網走番外地シリーズ』は見ていません。結局見たことがある映画は『八甲田山』、『新幹線大爆破』、『幸福の黄色いハンカチ』、『夜叉』、『ブラック・レイン』、『鉄道員』の6本だけです。
『新幹線大爆破』と『ブラック・レイン』が特に強く印象に残っています。『新幹線大爆破』は90年代、深夜にテレビ放送されているのを偶然見ました。『スピード』がヒットした後くらいかもしれません。このとき放送されていたのはフランス版で健さんや山本圭が犯行に至るまでのエピソードはカットされていました。DVDが発売されて完全版も見ました。
『ブラック・レイン』は監督が『エイリアン』、『ブレードランナー』のリドリー・スコットで松田優作のハリウッドデビュー作にして遺作となってしまった映画です。主演はマイケル・ダグラスでしたが松田優作のキャラクターとサイバーパンクな大阪の街が強烈な映画でした。健さんがマイケル・ダグラスとマンモスキャバレーみたいな所でレイ・チャールズの『What'd I Say』を歌うシーンも印象に残っています。
『ブラック・レイン』について改めて調べてみると撮影監督はヤン・デ・ボンでした。ヤン・デ・ボンはこの後『スピード』の監督をしています。ガッツ石松や内田裕也、島木譲二が出ているのは知っていましたが國村隼も出ていたのは初めて知りました。
「不器用ですから」というニッセイのCMも覚えています。1992年と1993年にJRAのCMキャラクターをつとめていたのも覚えています。1991年は裕木奈江もCMに出演していて健さんと親子という設定だったと思います。健さんと裕木奈江がキャッチボールをするシーンがなぜ印象に残っています。
スーツ姿の健さんが走っている写真に「ダービーの朝だ!」といコピーが入った雑誌の広告も印象に残っています。93年に健さんはダービーのプレゼンターもつとめていました。この時ダービーを勝ったのはウイニングチケットでジョッキーは柴田政人でした。2着は岡部幸雄のビワハヤヒデ、3着は武豊のナリタタイシンでした。今考えると健さんと柴田政人という組み合わせはハマっています。私はこのダービーが生で見た初めてのダービーでしたが、表彰式は全く覚えていません。1970年に健さんは『日本ダービー 勝負』という映画に出演しています。どうもDVDにはなっていなみたいです。
健さんは私生活は謎に包まれていてメインは映画、たまにCMなどでしか見ることができない存在でしたが、いつまでも生きているというイメージでした。テレビで訃報を聞いたときは本当に驚きました。ご冥福をお祈りします。